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Inspiration

「インスピレーション」

Source: http://www.wizards.com/default.asp?x=mtgcom/daily/mc57
Written by Matt Cavotta


 今回は、9月21日の記事から、現在脂ののりまくったアーティスト兼ライターのマット・カヴォッタ(Matt Cavotta)による記事"Inspiration"お届け致します。例によって訳責は私、榊 井壹にありますので、良識派の皆様はソース一度目を通して頂くことをおすすめします。それでは、拙い訳文ではありますが、ごゆるりとお楽しみ下さい。


 Time Spiralを見れば、誰もが太古の時代を思い起こされるだろう。中には、その時代を「ちょっと前のセットじゃん」という人もいるだろうね。でも僕のように、Magicを知った頃にはもう過去のこと、なんて人だっているんだ。そう、後者のような新参の人達には、Time Spiralを見ても「のけ者」にされてる感じがしてしまう。みんながみんな、見たこともないカードを引き合いにして、聞いたこともないカードをもじって遊んで、使ったこともないカードでコンボを思い浮かべて遊んでるけど、君らはその楽しいジョークのひとかけも分からないまま蚊帳の外。からっぽのノスタルジーさ。これを対処するには方法が2つあるけど、(1)もう古いカードの話題は出さない、(2)こういうカードの話題に、新しい物を見たような気分で参加する、ってのがあるよね。でも、Time Spiralの全てからあふれる懐古風潮に、面白そうと感じているだろうから、(2)番が賢明な選択だね、そう思う。

 いつだったかの話、"Milk and Cookies"の次号[Anthony S. Waters, Ron Spearsへのインタビューに続き、第3回になります]に載せるインタビューをしてた時のことで、僕が相手に尋ねた問題に、自分ならどう答えるか考えていた。「なにがきっかけになって、ファンタジー・アートを描くようになったんだい?」今現在向かう方角にある、僕の絵というものを改めて考え直させてくれた質問だった。僕が13のころ、こういうファンタジー・アートには関わりがなかったんだけど、今「その昔の頃」のMagicの絵を語るのには積極的だね。これが僕のケツを叩いてくれた。「お前も一緒にやろうぜ、落書き屋さんよォ!」ってな風に。失われたノスタルジーとなんとか取っ組み合いたいと考えていた僕らは、絵を語るのが好きということもあって、それじゃあ、君たちが見たこともないかもしれない遙か昔のものだけど、僕にとっては人生がらっと変わるほどのすんごいイラストを見て貰う、これってイイんじゃない?、って思ったんだ(はは、人生が変わるってのは大袈裟な──でも、ほんとにほんとなのさ)。Magicが大きなものになってから参入した他のアーティストについてはどうこう言えないけど、これは間違いなく言える。Magicのアートに感動してめちゃめちゃ奮起したのはなにも僕ばかりじゃあない。

 この記事を書き始め、どれが頭にぽっと思い浮かぶ絵だったか、昔のカードセットを眺めてた。これをやってると、前に驚かされた絵とは違う絵に反応していることがわかった。きっと、昨日見た絵に対して今日知っていることを総動員しているから、こんな違いが起こるんだろうね。だから昔の絵を振り返って自分の絵的センスの成長から何が素晴らしいものかを語るのは止めにしよう。代わりに、僕の頭の中を覗き込むことにした。具体的には「どの絵を見て手を止め、『おおっ!』と叫んだのか」こう問いかける。そして、思い当たるカードを選んで書き出し始めることにしたよ。

《Ivory Gargoyle(ALL)》 (Alliances, Quinton Hoover)

 僕の目を射止めた最初の1枚がこれというわけではない。でも、一番最初に思い浮かんだのはこれだし、これの影響は半端じゃない。最初に《Ivory Gargoyle》を見た時にすばらしさを感じたのは2点ある。(1)クイントン・フーヴァーの独特な画風。(2)英断とも言っていいミニマリズム。これはかつて僕を惹き付けていたばかりではなく、今だってそうだ。

 クイントンの美しく流れるような線画は、《Ivory Gargoyle》以外の絵でも僕を虜にした。だが《Ivory Gargoyle》の全体像こそが、僕の脳裏に焼き付いてきて、巧く絵が描けるようになるインスピレーションをもたらしたんだ。

 右上と左下の白い空間に目を向けて欲しい。これが勇気ある行動の正体だよ。ディテールがないどころじゃない、色も付いてない、まっさらなんだ! クイントンはそこを放棄したんじゃないんだ、省略という技術なんだよ。強く対比されなければこの白い空間は何もないだけなんだけれど、対比がうまくいっているお陰で、対象物──ガーゴイル本体に注目が行くようになっているんだ。そしてこのガーゴイル自体はどうだろう? 象牙だけにがっしりしてるし、非常に映えて見えるんだ。萌芽期のMagicは、数あふれるほどの作風やテーマに満ちあふれていたけれど、欠けている物があった。確固とした製図技術だよ。クイントンと他には2人ぐらいかな、これがぬきんでてうまいんだ。初期のごく数セットくらいで、これほど短縮遠近法に卓越した絵を見つけられるだろうか、やってみてほしいくらいだよ。これが10年来、そして今もなおこの絵が大好きな理由さ。

 Magic以外の話だけれども、惜しむべきことがある。こういった絵がワンシーンを飾るものになってないということさ。フレイバーを思い切り楽しんでいる者としては、この絵は成熟し洗練されたイラストだといえる自信があるけれども、他の人がこれを「漫画チック」だと感じるかもしれないのだ。TCGのイメージを損なう「子供の遊び」から脱却しようという動きを続けてきたMagicにしてみれば問題だね。プレイヤー、その親御さん、お店の店主、そして一般のみなさんに、Magicを形容する言葉は「原産」(autochthon)であって「すげえ感じ」(Xtreme)ではない、というイメージを確立したいために、見た目と感じもそういう方向にもっていかれてしまうんだ。残念だけれども、そういうものなんだ。しかし悪いことばかりじゃないさ、Magicの大人のテイストを知らしめるために、ここには《Ivory Gargoyle》というヤツがいるんだからね。

《Fallen Angel/堕天使(5-6/LEG/CHR)》 (Legends, Anson Maddocks)

 アンソン・マダックスは間違いなく、「本当に絵の描ける」アーティストだ。最近、僕と重鎮クリエーターのブレイディ・ドマーマス(Brady Dommermuth)とでアンソンの絵について話す機会があった。ブレイディは、アンソンおよびマーク・テディーン(Mark Tedin)の作品が、今日に至るまでMagicのイメージの方向性を助けてくれたのだと語ってくれた。なぜ、この2人が選ばれたのだろう? まるで《Summer Bloom/花盛りの夏(6/9/VIS)》に収穫期を迎える《Eladamri's Vineyard/エラダムリーのぶどう園(TMP)》みたいな潤沢なイマジネーションをこの2人が持っていただけじゃない、この2人だけが、未来へ残す鑑になるほど強烈なコンセプトと制作力を持っていたからだ。

 とにかく、話は《Fallen Angel/堕天使》を見てみりゃ分かるよ! この自体、描出の際立ちの強さをアピールしているだけじゃない、コンセプトだって魅力的なんだ。今でさえこの絵の雰囲気には飲み込まれてしまいそうだ。他の多くの絵師が光や色の調子、スケッチングに悪戦苦闘して時間を費やす中、アンソンはニュアンスの力でバシッとやっつけちゃう! 天使のとるポーズは、頭を垂れ剣を隠していて、名誉をうしない痛恨する様を思わせてくれる。そしてもう一つ、直感的お気に入りポイントがある──傷ついた翼だよ。これはありきたりの闇の天使の姿ではない、そう、かつてこの天使は後光まばゆい存在だったにちがいない。右上にひらりと白い羽がただ1枚、これにも注目して欲しい。彼女が堕落して間もないことを示しているのだろうか? それともこの魔法の羽は、かつての優美を示したシンボルとして映し出されているのか? どちらにせよ、この羽が描くイメージは、単に素晴らしい絵を描くだけでなく、複雑に絡んだイメージが絵を通して伝わってくる、そんな絵を描きたいというインスピレーションをもたらしたんだ。

《Orcish Squatters/居座りオーク(5/ICE)》 (Ice Age, Richard Kane Ferguson)

 こいつが来たね。古くからフレイバー大好きな人にとって、リチャード・ケイン・ファーガソンはインスピレーションの大宝庫だよ。彼はまさに天才で、具体性と抽象性という相矛盾する物を同居させる絵を描く。流れる波。歌の調べ。この色の波に深く呑まれると、隠れていた細かい描き込みが姿を現すんだ。《Orcish Squatters/居座りオーク》は、なぜだか僕もわからないが、他のRKF作品以上に訴えてくる絵だ。きっと、冬のモザイク絵画を作り上げている流動性とオークの姿の類似性が訴えてくるんだろう(っと、芸術家チックな話になりすぎたかな?)。「冬らしさ」(wintry)という点では、《Icequake(ICE)》、《Essence Flare/本質のほとばしり(ICE)》のような他のファーガソン作品にも見られるように、Ice Ageのカードたるべき凍える寒さが描かれている。Magicを知って5年と経たないごく最近の人達には、ぜひとも、ファーガソンの作品に目を通して欲しい。君のインスピレーションも刺激するはずさ。

《Living Wall(2)》 (Alpha, Anson Maddocks)

 アンソン・マダックスの珠玉作品をもう1枚お届けしよう。この絵が僕をすぐさまつかんで離さない所は、ねばって膜のような潤みがよく表現されていることさ。こいつはよく見ると皮膚はないが体組織や歯、臓器がついてる! Magicをよく知りすぎている皆さんには、グロテスクな絵を何度と見てきてるわけで、それほど大したこと無いと思われるけどもね。しかし、Alphaからこれだよ! このグラフィック、もう何でもござれって感じだね。「この絵もそうだ、Magicには奇妙すぎるイメージなんて存在しない」とさえ語ってきそうだ。だから僕にとってはとても意味のある絵なんだ。おべんちゃらに鼻につくプレゼン方法、超保守的なテーマが圧倒的多数を占めるグラフィック・デザインや広告産業から自由な世界──これにもぐぐっと惹き付けられたんだ。あっさりと餌にかかったよ。そして胎児だよ。そう、絵がグロいということをそんなに考えなけりゃ、このそびえるような肉の塊の中で、巧く取り込まれたギラギラ光る膜が直に画面中央に捉えている影に、人間の胎児が映ってる。この胎児の姿は僕の頭のイメージから離れなくなっていたんだ。意識する間もなく、いつの間に。
 (Matt Cavotta作品の2枚《Chisei, Heart of Oceans/大海の心臓、致清(BOK)》、《Protean Hulk/変幻の大男(DIS)》のアップ写真を参考にしてね)

《Pacifism/平和な心(MIR)》 (Mirage, Robert Bliss)

 Magicの商業世界に飛び入る冒険劇が始まった時、僕が一番目に焼き付けていたカードは、間違いなく、このロバート・ブリスの作品だね。まったく、もうこいつはすごい奴。僕は、この数年間、何千枚というカードを見てきた中でも、未だにお気に入りは多分これさ。この絵は落ち着くようで不安な感じもする。そして下塗りは徹底しているが絵の具の塗りはルーズだ。ぱっと見の印象が強いのにディテールが全く疎かになってない。これほどまで素晴らしい絵のレベルまでお近付きになれたら、君たちはこういう話を聞くことはないんだから。ふむ、じゃあ、どの点から、これほどの誉め言葉をこの絵が受けるにふさわしいと思ったかだって? じゃあど真ん中から見てみようかな。このいかすトロールみたいな人物を見て欲しい。黒い影が際立って、まるで骸骨みたいな外見になってるだろう、そして顔までいくと、光が当たっているかのように影は消えていくんだ。この気味悪いクリーチャーは、残りの部分と隔てられたかのようなコントラストの中にいる──これがまた値千金だね。小さなシカらしい森の動物が、この恐ろしい人影の腰に花をかけている。飼い慣らされているみたいだ。右腕を見てごらんよ──随分とやせ細っている上に植物のツタで巻き込まれて、強さは微塵も感じられないだろう。見かけはシンプルだがストーリーを雄弁に語っているじゃないか。このクリーチャーは、ビジュアルでもコンセプトでも、美しさに包まれている。小さな動物たちは、まるで子供の絵本に描かれてたのが飛び出したみたいな奴で、まさに「平和な心」の様子を強く表しているんだ。このトロールのような姿がこれほど巧みな描かれ方されている上に、この平和な動物たちだってまだ満足じゃないってんなら、これを見ろ!、この厚い塗りに強いタッチで描かれた、これまた素晴らしい背景はどうだい! 8度の機敏な筆捌きで現れた右上の花の姿を見ると、今日もにこにこしちゃうね。更に前面でも花のモチーフが使われているから、背景の花模様はそれとの調和を取りながら、左右対称性をうまく抑えているんだ。

 この《Pacifism/平和な心》の絵を見るたび、いつでも絵を描けよ!、ってそそのかしてくるから、ケツ叩かれまくって椅子でこの記事をタイプしてんのも辛いよ。1996年当時もそうだったね。どっちにせよ、叩かれすぎで座ってなんていられない。痛くて仕方ないケツを上げて仕事にかかってたのさ。魔法の眼力が目覚めるほど体も強くなるには、2年ほど時間がかかったけどね。この2年間、Magicは僕をアッと驚かせる絵を贈り続けて僕の気力を高めてくれた。もう腰の休まる暇なんてないさ[Mattが参戦したのはMercadian Masquesの作画から(1999年リリース)]。

 それじゃ、ちょいと1時間ばかし、Magicの絵からは目を離すとするよ。そして、階段を下って、ソファにどっかとお尻を据えて、それからクリーヴランド・ブラウンズ[NFLの中部地区のチーム]が敵さんをぶっ飛ばしてくれるのを観ることにするさ。(了)

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