On Handles

管理人の恥部の塊らしい。その上長い。管理人オワタ(悪いことは言わないから戻るんだ

abomination.jp [May. 2002~]

 初めて筆者がMagic: the Gatheringに触れたのは、14〜15歳ごろで、Microprose, Inc.から発売されたPC版のソフトが最初。現物はTempestが出た頃にプレイし始める。《Abomination/忌まわしき者(4/LEG)》は、PC版が4th Editionを主に収録していたこともあり、リストの最初に登場するキャラクターであった。見るに恐ろしい絵であり、気を引く名前である。筆者の習性上、知らない単語だからと辞書で名前を調べてみたりしているうちに、何故かこのカードのイラストのみならず、名前にも引かれていった。聖書でも数度登場するような、「悪の象徴的なことば」であるからだろう。
 不完全な中二病に感染した当時、周りには例によってしみったれたチンピラが横行していたのもあって、ああいう小さいクズの悪人にはなりたくない、もっと自分のエゴイズムのためだけにしか動かない、理知の支配する、善との対立とはかけ離れた、純粋な悪になりたいという意味で、大きなイメージを感じる"abomination"という単語は今でもモットーになっており、2002年に現在のドメイン取得まで申請した始末である。ここでの「憧れている悪」とは、悪は、世間に言われる悪人を潰すための悪、いわば毒に対する毒の意味である。最近は、自虐の意味で用いられていることも? まあ、それは違うとして。
 イラストの件についても、下手物も可愛い物も大好きという、両極端の一極となる、ある意味重要な基準といえよう。作画者のMark Tedin氏には拙い英語ながらサイン会(2005年12月)でもお話しし、非常にフランクな為人と高速の描画術を体験した。氏の筆致のすごさや等身大の素顔を間近では意見できたことや、このイラストを介して繋がる人の輪が、温かいこともわかった。貴重な体験である。

The Names Stand

榊 井壹名義とAbominable Empire [Oct. 1999~]

 Magic: the Gathering以前には「ポケットモンスター・カードゲーム」(メディアファクトリー)をプレイする機会があったため、そこから初代ポケットモンスターのジムリーダーの一人「サカキ」から拝借したという説もある。ただ、私の名前をローマ字書きして、真ん中に数文字を付け加えることによってShoichi Sakakiとあいなったという話である。更に、表記は当時のイラストレーターBrian Snoddy氏からインスパイア(ヤ?)され、飾り文字にマクロン付きoを用いている。ハンドルは書きやすいのに読みにくくというモットーで作っていたので、わざわざ普段使いもしない字を使っていた。また、「壱」を旧字体「壹」にしたのは大学から。なんとも、歳を取って古くさくなったから、という理由。
 Abominable Empire(旧称はThe M:tG Empires、よく見ると冠詞が連続している! 今では心より恥じるのみ)というサイト名には、かつて大好きだったセットFallen Empiresのことが思い起こされる。今でもサリッドやスラルのような魅力的なクリーチャーが好きだ。今でも、ファンガスが増えて欲しいとさえ思っている。

 プレイヤーとしては凡以下で、変な挙動をするカードが好き。その影響も高じて所謂自作カード作りで先鞭を切るような愚かな真似に興ずる。だが、この活動は一見無駄なようで無駄だったわけではなく、まともに英語を勉強するようになったのもMagicのため、更に文章をよりよく書くための妙なトレーニング方法でもあった。当時は物書きを真面目に目指していたこともあって、ストーリー書きが好きな影響が全面に押し出されていたが、最近のカードパワーの偏重に嫌気が差して、諸活動をほぼ凍結している。時代に取り残されるという「愚」といえる。カード自体が嫌いになったわけではない。ただ、観点が余りにズレ過ぎていただけだったのである。
 現在は、翻訳に興味を持った足がかりの一つとして大事に取っている印象もあり、そのゆかりが今でもコレクションの相互協力やイラストレーターのサイン会への参加などで続いている。人の輪の強さを頻りに感じるのは、どうしても割り振られた人間関係よりも、自分が能動的に関わることになる。

番外編: ScavengerFolkと指輪 [Dec. 2002~]

 唯一、2ちゃんねるに能動的に参与する機会を自作カードの面で得た。この繋がりでかけがえのない友人を多数得ることになったのも忘れてはいけないことである。勿論、コテハン同士やNPCとの衝突も多少はあったが、非常に平和な時代に(口は悪いながらも)みんなで建設的な意見を言い合える時期に恵まれたのは、まさに僥倖と評するにふさわしかろう。

 さて、名前の「ゴミあさり」は性情をそのまま言い表したとか理由で思いつきで付けただけである。でもDennis Detwiller(The Dark/Chronicles)版の指輪は欠かせない。
 現在、自作カードに関しては上述の理由で離脱している。トリップも散逸し、この名がアーカイブ以外で登場することはもうあるまい。

次々来 幹隆名義と数々の敗北 [Mar. 2000~]

 中二病全盛期のハンドルとして使っていたものだが、「外交上」のネームとして流用されている。理念は榊側に同じく「読みにくいけど書きやすい」から。そして、次々来(つづらい)は重ね字をわざと強く押し出して、文字通りの意味にすると「次々とやって来る」、つまり無限の意味を持たせている捏造名字である。幹隆なのはどうしてですか? それは筆者が聞きたいぐらいであろう。当時14歳の筆者に聞くしか方法はあるまい。つまり、わからない。

 ここから、所謂物書きの見地でテキストサイトを作ろうとしたが、最早頓挫の回数を書くのも頭を抱えたいほど。所詮は飽きっぽい男である。だが、高校の文芸部時代を皮切りに、Magic以外の関連のサイトへも遠出してみるという冒険を何度とやらかして結局初の「オフ」にもこぎ着けるに至ったり、未熟な自分の文章からいろいろと広がりが出だして、多少客観的な目や人間的な広がりが出てきたようである。しかし、やっと片目を開いた感じだと思った矢先、今度は詩の関係のサイトで「こんな奇を衒うゴミみたいな物を書いていた俺や詩人とは何なんだ」と突然スノッブ気取りをし出し、遂に文学に二度と戻ることはなかった。元々小説を読むような輩ではないので片手落ちではあったが、これが決定的要因となり、いよいよ職に窮する原因を作り、文系にいる理由を失ってしまう。人生最大の選択の失敗である。
 逆に、大学時代の文筆活動は実りが多い。シンプルに文章を書けという授業での教えに感銘を受け、自分の文章を受け止めて真っ向批判をされたことにある種の感動を覚えた。また、日記を(遅延や合併などがありながら)決して一日も休まずに書くという誓いを立て、現在我ながらかなりの線まで行っている。更に、高校時代から持っていた翻訳への興味は募りだし、大学での活動も、結局は筆者が文筆に飢えていることを証明してみせたのである。blogの運営については、まだまだ様子見の側面が多く、日記に全て牽引して貰っている形だ。

 基本的にこの名義を使っていた時代が文筆の決定的な特徴を形作っており、例えば反社会性やら、自爆精神やら、場当たり上等やら、ネガティブな側面も全てこの所為である。逆に、姿勢を変えないという側面もまたこのお陰であり、子供の時よりは随分と忍耐力がついてきたように思う。だが、理不尽なことは未だに許せないので反射的にリアクトしてしまう。人間は与するべきものではない、と思うことが多々ある。一刻さが故の過ちからは、逃れられそうにない。これも、戦いだと諦めればいいのだろうが。

SQR, the Tetrist [1988~/Jan. 2003~]

 筆者わずかに5歳。このガキはフロッピーディスクのテトリスをやり込むようなゲーマーであった。我が家がゲームについて寛容どころか、母親も練達のプレイヤーであった頃から既に道は決まっていたも同然だった。いや、断定するのは危険と思われるが、少なくともゲームの才能や知識が現在平均値より上か下かで言えば、明らかに上に入れられてしまうだろう。
 しかし、筆者が電源ゲームについて真剣にのめり込むようになったのもまた生得的になじんだテトリスの所為であるというのは、ただならぬ縁を感じる。食わず嫌いしていた「ゲーセンの環境」で「難しそうなテトリス」。しかし、この大学1年生の末期で起こった過ちが、現在の生活を脅かすとは知る余地もなかった。

 その時になって、初めてスコアネームを付ける必要性が自分の中で現れてきたので、筆者は3文字のアルファベットから文字列"SQR"を選んだ。ご存知の通り、多くのプログラムで平方根を意味する文字列からひねりもなく拝借した。SQRとは、四角い世界にふさわしい文字であり、自己の主張にも数学を愛する俄精神もあって、脊髄反射で決めたようなものである。

 このテトリスへののめり込む挑戦、短気さが故に筐体に当たり散らすほど結果を求める異様な執着心と挫折・敗北感、これらはまさに潰れても潰れても立ち上がるようなしぶといゲーマーとしての筆者を作り上げていった。最早その勢いはテトリスというジャンルを超え、様々なマゾゲーにも手を伸ばすようになり始め、遂に末期の水も要らなくなる。うちにゲーマー仲間、TGMプレイヤーの友人が増えると、SQRというスコアネームは次々来ハンドルを押しのけるような形で筆者を代表するハンドルになり、結局mixiも今のところは同時経営である。
 TGMへの挑戦は、結果としては順調な快進撃となってはいるが、最初の勝利(T. A. Death-Gm)に至るまでの間3年弱もかかったという、今までの飽きっぽい自分には考えられない、世紀の一戦であったことが今でも振り返られる。今も、ゲームというものの価値を問い続けながら、ひたすら全てを捨ててゲームという見た目上、無為のものに戦いを挑み続けている。無為の先を越えた所に到達することは、出来るのか。

Summary? (mixi Profileの流用っぽいもの)